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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)6569号 判決

原告

多田貞雄

被告

大石敏晴

ほか二名

主文

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大石敏晴(以下、「被告敏晴」という。)及び被告大石日満(以下、「被告日満」という。)は、各自原告に対し、金三四五五万円及びこれに対する昭和五五年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告日本火災海上保険株式会社(以下、「被告日本火災」という。)は、原告に対し、金一二七九万円及びこれに対する昭和六〇年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生及び原告の受傷

被告敏晴は、昭和五五年四月一一日午後八時二〇分ころ、被告日満所有の普通乗用自動車(大阪五六つ二三五八。以下、「加害車両」という。)を運転して大阪府東大阪市宝持二番地の一先の交差点を南行車線から西行車線に右折進行中、折柄同交差点の西行車線を南から北に横断中の原告運転の自転車側部に自車前部を衝突させ、原告をその場に転倒させた(以下、「本件事故」という。)。

原告は、右事故により、頭部外傷Ⅰ型、頸椎捻挫、右膝関節挫傷、右側前胸部腹部挫傷、両下腿部挫傷の傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一) 被告敏晴は、加害車両を運転して本件交差点内を右折進行するに際して、右前方及び側方を注視し、進行方向の道路上を横断中の自転車、歩行者等の有無、動向を確認しながら進行することにより、これらの者との衝突事故を未然に防止すべき注意義務を負つていたにもかかわらず、これを怠つた過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、原告の被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告日満は、本件事故当時加害車両を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により右損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告日本火災は、被告日満との間で、加害車両につき自動車損害賠償責任保険契約(以下、「自賠責保険」という。)を締結していたものであるから、自賠法一六条により、被害者である原告に対し保険金額の限度において右損害額の支払をなすべき義務がある。

3  原告の損害

(一) 逸失利益

前記傷害は、結局完治するにはいたらず、持続的な背部激痛、両上腕部脱力感、目まい、吐気、耳痛、眼痛等の後遺障害を残したまま、昭和五九年一二月二六日その症状が固定するに至つたところ、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表に定める後遺障害等級第五級(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当するというべきである。

ところで、原告は、本件事故当時株式会社理研に勤務し、年間金二九五万六七四〇円の給与収入を得ていたところ、右後遺障害によりその労働能力を七九パーセント喪失するにいたつたものであるから、右症状固定時(その時点での原告の年齢は五四歳)から就労可能な六七歳までの一三年間にわたつて原告が失うことになる収入総額よりホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除した症状固定時における右逸失利益の現価は、金二二九四万〇一三三円である。

2,956,740×0.79×9.821=22,940,133(円)

(二) 慰藉料

原告が右後遺障害によつて受けた精神的肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額としては、金一〇六一万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、費用及び報酬の支払を約したが、右費用及び報酬のうち金一〇〇万円は、本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。

以上合計金三四五五万〇一三三円。

よつて、原告は、被告敏晴に対し、民法七〇九条に基づき、被告日満に対し、自賠法三条に基づき、それぞれ右損害金三四五五万〇一三三円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五五年四月一二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、被告日本火災に対し、自賠法一六条に基づき、当時施行の前記施行令二条別表に定める後遺障害等級第五級に該当する保険金額金一一七九万円及び弁護士費用金一〇〇万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年八月二四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1、2の各事実関係はいずれも認める。

2  同3の事実は否認する。原告の後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するにすぎない。

三  抗弁

1  被告敏晴(調停の成立)

被告敏晴と原告との間において、昭和五八年六月六日、原告の被つた損害につき、次のような趣旨の調停が成立した(枚方簡易裁判所昭和五七年(交)第二五号。以下、「本件調停」という。)。

(一) 被告敏晴は原告に対し、本件事故に基づく損害の賠償として、既払分(金一二四五万九二一九円)のほかに金一八〇万円の支払義務あることを認めるとともに、即日これを原告に支払い、原告はこれを受領した。

(二) 本件事故によつて原告に生じた後遺障害に基づく損害の賠償については、原告において保険会社に対し自賠責保険金の被害者請求の手続をとり、その自賠責保険金によつて填補を受けることで満足することとし、被告敏晴に対してはその賠償を請求しない。

(三) 右(一)及び(二)に定めるもののほか、被告敏晴と原告との間には、何らの債権債務も存しない。

ところで、原告が本訴において賠償を請求している損害は、いずれも右後遺障害によるものであるから、被告敏晴は右調停の(二)の条項により、その賠償義務を免れたものというべきである。

2  被告日満(私法上の和解の成立)

加害車両の保有者である被告日満は、本件事故後、その運転者であつた息子の被告敏晴に対し、被告日満に代わつて原告と本件事故に関する示談交渉をすることを委任し、その代理権を授与していたところ、被告敏晴と原告との間で成立した本件調停は、訴訟行為としての性質とともに私法上の行為(和解)としての性質をも有するものであり、かつ、被告敏晴は、明示はしなかつたものの、申立代理人の弁護士を通じ、被告日満の代理人をも兼ねて、右調停手続及びこれに伴う当事者間の折衝に関与していたものであつて、しかも原告は、そのことを知悉していたものであるから、右調停による私法上の行為(和解)の効力は被告日満にも及ぶものというべきである。

3  被告日本火災(弁済)

原告の本件事故による後遺障害の程度が自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級に該当するものであることは前記のとおりであるところ、被告日本火災は、昭和六〇年一月三〇日原告に対し、右等級の後遺障害に対する自賠責保険金二〇九万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告ら主張の日に被告敏晴と原告との間に調停(枚方簡易裁判所昭和五七年(交)第二五号)が成立したこと、その調停に被告ら主張の(一)及び(三)のごとき内容の条項が存在することはいずれも認めるが、同(二)のような内容の条項が存在することは否認する。すなわち、右(二)の条項は、「今後本件交通事故についての後遺障害が確認された場合、その損害賠償については、保険金の範囲内で填補を受けるものとし、相手方(原告)においてその請求手続を行う場合は、申立人(被告敏晴)はその手続について協力するものとする。」となつているだけであつて、後遺障害に基づく損害については自賠責保険金によつて填補を受けることで満足し、被告敏晴に対してはその賠償を請求しない、というような趣旨を含むものでは毛頭ない。かりに被告ら主張のごとき趣旨の調停であるならば、「原告は自賠責保険に被害者請求をなすこととし、被告敏晴、同日満にはその賠償を請求しない。」旨を明記した条項になつているはずであり、「保険金の範囲内で填補を受けるものとし」というようなあいまいな表現にはなつていなかつたはずである。なお、右条項にいわゆる「保険金」が、自賠責保険金のみならず任意保険金をも含む趣旨であることはいうまでもない。

2  抗弁2の事実は否認する。本件調停は被告敏晴と原告との間においてのみ成立したものであつて、被告敏晴が被告日満の代理人を兼ねてこれに関与したようなことは全くない。したがつて、原告がそのような事実を知つていたということもありえない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

(被告敏晴及び同日満に対する各請求について)

一  請求原因事実は、損害の点を除きいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで抗弁1の事実について判断する。

被告敏晴と原告との間において、昭和五八年六月六日、本件事故によつて原告の被つた損害につき調停(枚方簡易裁判所昭和五七年(交)第二五号)が成立したこと、右調停に被告ら主張の(一)及び(三)のごとき条項が存在することは当事者間に争いのないところ、成立に争いのない乙第三号証(調停調書)によれば、同調停における調停条項第二項として「今後本件交通事故についての後遺障害が確認された場合、その損害賠償については、保険金の範囲内で填補を受けるものとし、相手方(被害者・原告)においてその請求手続を行う場合は、申立人(被告敏晴)はその手続に協力するものとする。」との文言が記載されていることが認められる。

しかし、右調停条項第二項が、被告ら主張のように「原告は後遺障害に基づく損害については自賠責保険金によつて填補されることで満足し、被告敏晴に対してはその賠償を請求しない」との趣旨を含むものであると解することができるかは、その文言自体から一見して明瞭というわけにはいかないのであつて、右調停成立にいたる経緯その他諸般の情況からこれを判断するよりほかはない。そこで、続いて、右諸般の情況について検討するに、いずれも成立に争いのない甲第一、第二、第五号証、乙第一ないし第三号証、証人月館久高の証言、原告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を総合し、弁論の全趣旨を斟酌すると、次の事実が認められる。

1  被告日本火災は、加害車両の保有者であつた被告日満との間で自賠責保険契約のほか自家用自動車保険(いわゆる任意保険)契約を締結していたところから、示談代行約款に基づき、被保険者である被告日満、同敏晴の同意を得たうえ、同被告らのために、自社担当社員横江、高木らに原告との示談交渉をさせた結果、昭和五六年九月二九日、(一) 加害者である被告日満及び同敏晴は、原告に対し、(1) 昭和五六年九月三〇日までの治療費を支払う、(2) 右治療費及び既払分のほか、右同日までの休業損害、慰藉料、後遺症補償費一切を含む賠償金として金四七〇万円を支払う、(二) 原告は、同被告らに対する本件事故に基づくその余の損害賠償請求権を放棄する旨の合意が原告との間で成立したが、その趣旨を記載した「示談書」(乙第一号証)には、被害者として原告が、加害者(保有者・被告日満及び運転者・被告敏晴)側として被告敏晴がそれぞれ署名押印した。

2  ところが、原告が、右示談が成立し示談金四七〇万円に、その代わり後遺障害分の自賠責保険金を原告側で被害者請求し、これを取得させて欲しい旨申し出るようになつた。これに対し、被告日本火災及び加害者側では、原告の後遺障害が自賠法施行令二条別表に定める等級第一二級程度と予測されたうえに、原告に対し既に任意保険から金一二四五万円を超える支払をしていたため、右のような高額な要求にはとうてい応じられないとの意向を示し、昭和五八年二月一五日ころ、原告の後遺障害を確認する医師の診断書と引換に後遺障害の補償分をも含めて金二八〇万円を支払うとの条件でならば調停を成立させてもよい旨最終的に原告に回答した。

5  この最終回答に対し、原告もこれに応じることとし、昭和五八年三月二八日の調停期日に調停を成立させることで一応の合意がなされ、被告側では二八〇万円の保証小切手を用意し右期日に臨んだが、原告の方で後遺症診断書を持参することができず、また、早急にこれを医師に作成してもらうことも困難であることが判明したため、結局、被告日本火災及び加害者側では、右最終回答の調停案を一旦撤回したうえ、後遺障害に基づく損害については、原告が自賠責保険金を被害者請求することによつてこれを填補することとし、被告日本火災及び加害者側からは、後遺障害補償分を除く賠償金として金一八〇万円を支払うこととするとの案を示すこととなり、原告もこれを了承するようになつた。かくして、昭和五八年六月六日、本件調停が成立するにいたつた。

右認定の事実によれば、本件調停における前記条項第二項は、後遺障害に基づく損害については、原告が被害者請求をして受領すべき自賠責保険金によつて填補されることで満足し、被告日本火災及び加害者側に対してはその賠償を請求しないという趣旨のものであつたと認めるのが相当であり、原告本人尋問の結果中これに反する部分は、右認定の事実関係に照らして措信することができず、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

三  次に、抗弁2の事実について検討する。

本件調停が被告敏晴を申立人とし(申立代理人は河合勝弁護士)、原告を相手方として申し立てられたものであり、成立した調停を記載した調書にもその旨記載されていることは前記のとおりであつて、被告日満が右調停の当事者としてその手続に関与したことを窺わせる的確な証拠は見当らないから、本件調停の効果が直接被告日満に及ぶものと解する余地は存在しないというよりほかない。

しかしながら、民事調停法一六条による調停は、裁判上の和解と同一の効力を有する点において訴訟行為であると同時に、一面において私法上の契約(和解)たる性質を有するものであるから、本件調停も右私法上の契約たる性質を有するというべく、この私法上の契約たる側面においては、代理の法理によりその効果を被告日満に及ぼしうる余地を残しているものといわなければならない。

そこで、右の観点から本件調停と同一内容の私法上の契約の効果が被告日満にも及ぶものと認められるかどうかについて考えてみるに、前記二の1ないし5に認定の事実関係からすれば、本件加害車両の保有者である被告日満が、遅くとも、同1に認定の「示談書」の作成された昭和五六年九月二九日ころまでには、右車両の運転者であつた被告敏晴に対し、被告日満に代つて原告と本件事故に関する示談交渉をする代理権(復代理人を選任することをも含めて)を授権していたこと、本件調停の申立が、手続上は被告敏晴を単独の申立人としてなされたものでありながら、実質上は、被告日本火災及び加害者側(被告日満と被告敏晴の両名)が一体の関係にあることを前提に、右三者全体を一方の当事者としてなされたものであつたこと、そのことは、それまでの交渉経過からして原告において十分認識していたこと、右調停手続は、被告敏晴が被告日満から授与された右代理権に基づいて、河合勝弁護士を代理人に選任し、その追行を委任したものであることがそれぞれ推認されるのであつて、これらの諸事情から考えるならば、被告日満の抗弁2の事実を認定するに十分であるといわなければならない。

以上のとおりであるとすると、被告敏晴(代理人河合勝弁護士)と原告との間に成立した本件調停における合意は、民法一〇〇条但書により、被告日満に対してもその効果を及ぼすものであり、したがつて、原告は、同被告に対しても、本件後遺障害に基づく損害の賠償を請求することができないものというべきである。

(被告日本火災に対する請求について)

一  請求原因1及び2の事実関係は、いずれも当事者間に争いがない。

二  各成立に争いのない甲第四号証、乙第四号証の二、五ないし八、第五号証の三ないし六によれば、原告が本件事故によつて受けた傷害は、頭痛、耳鳴、眼耳痛、頸部背部痛、両上肢倦怠感、頸部運動障害、めまい、吐気等の自覚症状を伴う後遺障害を残して昭和五九年一二月一〇日ころその症状が固定したこと、右後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表に定める後遺障害等級第一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当することがそれぞれ認められ、右認定を左右しうる証拠はない。そして、右等級に該当する後遺障害に対する自賠責保険金の額は金二〇九万円であるところ、証人月館久高の証言、原告本人尋問の結果によれば、被告日本火災が原告に対し、右保険金二〇九万円を支払つたことを認めることができる。

(結論)

以上の次第で、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

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